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ガーデンシティ・シンガポール紀行


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はじめに

マレー半島の先端、ジョホールバルから海というよりも少し幅の広い川のような、海峡を隔てた淡路島ほどの広さの島があります。 それがシンガポールです。さながら、クエスチョンマークの点のようなところですが、マレー半島の大半を占めるマレーシアとは、 かつてマラヤ連邦という同一の国家でした。それがマレー人中心の中央政府に比べ、華僑と呼ばれた中国系の華人中心のシンガポール の方の発展が著しく、半ば追われるように独立したのが1965年の事です。 その後、韓国、台湾、香港と共にNIES(ニーズ)と呼ばれるアジアの新興工業国・地域群の一つとして目覚しい発展を続けて きました。 中学・高校生の頃、歴史の授業で古代ギリシアにポリスと呼ばれる都市国家が栄えたという事を学びました。 今、世界中の200ヶ国近い国家の中で、自ら外交、国防の機能を有し、独立国として活躍している都市国家を一つあげるとすれば、 それはシンガポールをおいては他にないでしょう。 シンガポールの空の玄関口、チャンギ空港はいつもちょっとしたデパートのような装いで迎えてくれます。 入国審査に進むゲートまで花で飾られています。この地がかつて刑務所であった事など誰も知らないかもしれません。  赤道直下にありながら、熱帯やジャングルというより近代的高層ビル群とガーデンシティと呼ばれるクリーンなイメージの シンガポールを2年振りに訪ねてみました。

村上ファンド騒動

5月中旬、阪神電鉄株の買収などで名を馳せた投資ファンド・村上ファンドの村上世彰代表を追うようにシンガポールを訪ねたのは、もちろん村上代表の追っかけが目的ではありません。  近年、日本からの観光客が伸び悩んでいる現状を探ってみたかったのと、5年振りに実施された総選挙後のシンガポールをこの眼で見たかったのです。とはいえ、村上ファンドが事務所を構えたという、シンガポールの繁華街オーチャードロードにホテルをとったこともあり、その動静に対する反応も少し関心はありました。この事については後で触れます。

DFS流転

海外旅行といえばショッピングはつきもの。そしてその中心は世界各地にあるD.F.S (デューティーフリーショッパーズ)免税店です。アジアの、いや世界のハブ(中継基地) を目指すシンガポールにもD.F.S.はもちろんあります。  以前は最大の繁華街オーチャードロードの西端、日本大使館からもそう遠くない場所にあり、観光客の多くも徒歩でここに何度か足を運んだものでした。そのせいもあって、店内はいつも活況を呈していました。その後、小洒落たラッフルズウォークに移転した為、オーチャードロードにホテルをとった客には、歩いて行くには不便になっていました。  それが4年前、再びオーチャードロードとスコッツロードが交叉する街の中心部に近い場所に戻ってきました。これならオーチャードのホテルに滞在する客も歩いていけるはずです。しかし、2年前に訪ねた時も、今回いつ行ってみても、往時の賑わいはなく閑散としているのです。店構えも価格も総じて高級志向になったせいでしょうか。おなじみのマカデミアン入りのチョコレートが1箱2000円以上とあっては、ハワイよりもはるかに高く、 そう気軽に財布のひもも緩まないはず。2階以上は高級ブランド店が中心で、何だか銀座のデパートのような感じ。  今回の滞在中、3回足を運んでみましたが、団体客とおぼしきグループには一度も出会いませんでした。余計なお世話と思いながらも、今度はどこに移るのだろうと思案してしまいました。

オペレーターはミゼラブルか

旅行会社は見た目と違って低収益にあえいでいることは、今ではかなり知れ渡ってきています。それでも、低収益構造の業界のなかでも、旅行会社よりもっと厳しい分野があります。業界内でオペレーターと呼ぶ、ホテルやバス、ガイドなどを手配する会社の事です。実は海外旅行は、オペレーターでまわっていると言っても過言ではないのです。  5年程前、比較的規模の大きいオペレーター会社の一つが倒産しました。過当競争が原因です。何しろ、ホテル3泊、観光、送迎付の標準的ホテルで一人US$20で受注していたというのです。いくらグループとはいえ、一人2,500円にもみたないツアー費で受注して成り立つはずはありません。以前と異なり最近はショッピングのリベートやオプショナルツアーによる収益もあまり期待できません。  それどころか、ガイドブックやインターネットの情報で直接調べて、時には予約までしてくる客が増えた為、現地会社やガイドの出る幕も殆どなくなっているといいます。  以前、この倒産したオペレーター会社の幹部に聞いたことがあります。「どうして20ドルで受注するのか、それで採算が合うのか」と。これに対する答えは「もちろん採算は合いませんよ。でもツアーを主催する会社からは更なるダンピングを求めてくるし、ハワイのように予約1ヶ月前から予約金をとられる訳でもないので、資金繰りの厳しさもあって、ついつい受注してしまうのです」というものでした。かくして、サンキュッパ(39,800円) とかヨンキュッパ(49,800円)といった国内旅行よりも安いツアーの広告が新聞広告やチラシに踊ることになる訳です。何故、こんなことになってしまったのでしょうか。  毎年、1700万人もの日本人が海外に出かけるようになりましたが、その多くは何回も海外旅行を経験したリピーターといわれる客層です。こうした人達からすると、街もきれいで、ショッピングも東京並みのシンガポールは、それはそれでいいのですが、もう一度来てみたいところではないのです。整った街やショッピングセンターなら日本にもたくさんあります。それに物価も安くありません。  最近の客層は、さしずめ上野のアメ横のような少しゴチャゴチャしたところでもいいから、自分で体感して掘り出し物を探したりしたいのです。エステや屋台に人気が集まるのもそうした理由によるといえます。かくして、かつて数十社あったシンガポールの日本向けのランドオペレーターも、今は実質1ケタになってしまいました。

ツアーを買うガイド

もっとも、こんなシンガポールはまだまし。国によってはもっと凄まじいところもあります。普通、現地のオペレーターが旅行会社向けのツアー代を計算するには、ホテル代、バス代、食事代、ガイド代といった費用にささやかな利益を加えるというのが本来の前提です。しかし、これでは仕事がとれない為、あらかじめショッピングリベートを除くといったことをしますが、事態はそれに留まらないのです。  何とガイド費を初めからカットするだけでなく、ガイドからお金を取るのです。そしてガイドに一人いくらで買うか問うて、一番高く買うといったガイドにツアーを任せるというのです。そのため、ガイドの収入はツアー客からのチップ、オプショナルツアー、ショッピングリベートの一部だけという事になります。かくして、複数台のバスが連なるような募集ツアーになると、バスつまりガイドによってオプションの料金が異なるといった珍事が実際に起きているのです。  シンガポールはこれ程ひどくないと言って自虐的に慰めているオペレーターもあるとも聞きましたが、団体客が減った今では、そうした珍事すら起きる余地がなくなっているというのが実情に近いようです。

マーライオンとカジノに期待

観光旅行業界にとって、否定的でないニュースは無いのかと思っていたら、二つ入ってきました。  シンガポールのシンボル、マーライオンが7月に化粧直しをすることになったそうです。以前は、アンダーソン橋脇にあったものが海側のエスプラネード橋の架橋に伴い、2002年秋、現在のマリーナに面したマーライオン公園に移されました。その分、どこからも目立つようになったのですが汚れも気になっていました。  もう一つは、2009年にカジノを含む綜合リゾートを開業することが決まったというニュースです。カジノの他、マリーナ地区の高層ビルの屋上をつないだ空中庭園も作るそうです。

ホーカースの灯は消えず

シンガポールの名物といえば、屋台の料理店ホーカースでしょう。整い過ぎて人気が伸び悩んでいるシンガポールでも、日本にないホーカースは逆にその分、日本人には人気が あります。行商人(ホーカー)を集めて集合市場のようにして、衛生管理などをしようとしたのが発端というのが、いかにもシンガポールらしい話。その屋台店の集合体であるホーカースにも、このところ少し異変が起きているようです。 まず人気ランキング。かつては観光客にも人気がありオーチャードからMRT(地下鉄)でも一駅と近いニュートンサーカスが一番でした。それが今は、ラオ・パサフェスティバルマーケットという何やら常設のサーカスのテントを大きくしたような放射状の建物に集まった屋台群が一番人気。ここは、チャイナタウンやマーライオン像にも近く、夕食後散歩するにもいいところ。他にもチャイナタウンにあるマックスウエルフードセンターや20年振りに復活したスミスストリートも人気。  負けじとニュートンサーカスも、目下全面改装中。はたして往時の人気を取り戻せるでしょうか。

急成長のフードコート

ライバルはホーカース同士にあらず。実はこのところ急速に増えてきているのが、主に通りに面したビルの地下1階に入ったフードコート。オーチャードだけでもアジアンフードモール、フードセラー、フードチェーン、フードリパブリック等のフードコートが軒を並べています。地下1階といっても、道路から外階段の半地下でエレベーターなどに乗らずにそのまま入れるのが便利。なかには、日本食のブースもあり、味噌汁付きで鰻弁当S$6.3(約440円)、デラックス幕の内S$8.8(約620円)といったところが人気。  こうしたビル内のフードコートが人気なのは衛生面もさることながら、エアコンが効いていて快適なことも一因。もともと共働きが主流で、朝食も含め外食が中心の東アジアの 食文化も「早い、安い、うまい」に加えて「涼しい」という要素も新たな魅力として広がりつつあるようです。  なお、これらの屋台には政府が衛生面からA〜Dのランク付けをしており、Dランクの店は営業停止もあるとの事。もっとも見て回って限りでは、何故かほとんどがBのマークを掲げていました。

シンガポール民主主義

私が訪ねた5月中旬は、シンガポールでは5年振りの総選挙が行われた直後でもありました。結果は、与党・人民行動党(PAP)が定数84の内82議席を確保し、得票率こそ少し野党が伸ばしたものの議席数は変わりませんでした。  あまり知られていないかもしれませんが、シンガポールは報道、言論、集会等の自由を規制しており、政権党に有利に変える選挙制度もあり、いわば「制限民主主義」国家といえます。安定した経済発展のためには多少の制限はやむを得ない、といった主張でしょうか。そういえば、建国の父とされるリー・クアンユー元首相から息子のリー・シェンロン現首相にバトンタッチするに際しても、いったんゴー・チョクトン前首相を介するあたりは、単純な開発独裁国家とは違う配慮といえるかもしれません。  40代半ばと思われる女性に聞いてみましたら、「リー元首相は皆な尊敬しています。ただ、これだけ長くPAPの政権は続くと問題だと思うわ。議席こそ増えなかったけど、得票率は野党が伸びたでしょう」と答えてくれました。  また、同年代の男性は「PAPはペイアンドペイ、つまり何でも金を払うと皮肉られているんですが、他に有力政党もないし、これまでの実績を認めているから仕方ないかなあ」と言っていました。  独立から40年以上経て、独立後に生まれた世代が全人口の4割を占める一方で、圧倒的強さを誇ってきたPAPも得票率を75.3%から今回66.6%にまで下げたように、少しずつ変化の兆しも生まれてきているのかもしれません。

イエスかノーか

この原稿を書いていたら、村上ファンドの村上代表事情聴取のニュースが入ってきました。その後、6月5日、東京地検特捜部が同代表を逮捕したのは周知の通りです。この過程で、同代表がシンガポールで買った11億円といわれる豪邸やメイン通りのオーチャード、 更には高層ビル群も再三TVで放映され、にわかに注目されるところとなりました。もっとも、「シンガポールに逃げた」と連日報道されていた頃、私もシンガポールにいた訳ですが、 その時点では、シンガポールの人には「村上さん」と言っても殆ど知らない様子でした。  知らないといえば、私自身もよく分りませんでした。何人もの知人から「ニュースは見ているが、よく分らないので仕組みを説明してくれ」との質問を受けます。確かに私自身、金融機関の出身ですから、ちょっとは気の利いた説明が出来るのではないかという事なのでしょうが、本当に分らないのです。分らないどころか、未だ六本木ヒルズにすら行ったことがないのです。何百・何千億円という巨額なお金を、右から左に動かすだけで大儲けするなどという仕組みがあるとは、心底思えないのです。  それにまた、彼をはじめヒルズ族と呼ばれるような若手経営者は、分りやすく説明して世論を味方につけるといった気も、さらさら無いようです。村上代表はこうも言いました。 「証券取引法や金融のルールは“イエスかノー”で道徳の世界ではない」と。0.01という視力検査表にもない程の超低金利が長く続いた結果、少しでも利回りの高い金融商品を求めるというのは、それ自体自然な事です。これに呼応して、リターンの多い商品を狙う様々なファンドがうごめく事も、また不思議な事ではありません。が、しかし・・・。  時計を10年程前に戻します。当時、アメリカはヘッジファンドが全盛でした。LTCMとかクオンタムファンドといったファンド名やジョージソロスの名前は覚えているのではないでしょうか。この時期、LTCMは95年46%、96年41%という驚異的な運用益をあげました。そして、この勢いに押されるかのように、ノーベル経済学賞までが彼らのブレーンに授与されました。この時、「株屋の手先にノーベル賞を与えるのか」といった批判の声は殆どかき消されていました。程なくして、LTCMは破綻しました。170兆円という当時の中国のGDPをも上回るコゲツキを出して。  10年経った今の「村上騒動」も実はヘッジファンドに比べると、その規模、運用益等において、そう大きなもので無かった事がわかります。もちろん、どちらも庶民には想像もつかない世界である事に変わりはありません。

ブキテマ高地

最終日、帰国便の出発時刻まで時間があったので、シンガポール島最高地、ブキテマ高地に寄ってみようと思いました。タクシーの運転手に「ブキテマ高地に行けますか」と聞いたら「ここから30分もかからずに行けるよ。自然保護区に行きたいの?」と返ってきました。「いや、自動車工場の跡地なんだが、知らない?」と再度問い返しましたが、「そんなの、今ないよ」との返事でした。  1941年(昭和16年)12月、海軍の真珠湾攻撃に呼応して旧日本陸軍はマレー半島に上陸すると、一気にシンガポールを目指しました。司令官は山下奉文将軍。彼はその5年前、 皇道派と呼ばれた若手将校らが起こしたクーデター2・26事件の皇道派幹部。主流派・統制派から追われるように派遣されたこの地で、その「うさ」を晴らすかのような強行進軍で、難攻不落といわれたシンガポール要塞を陥落させました。その降伏交渉場所がブキテマ高地の自動車工場跡でした。そして、交渉に臨んだイギリス軍のパーシバル将軍に山下将軍が突きつけたといわれる言葉が、当時有名になった「イエスかノーか」だったのです。  歴史的な評価はともかく、かつて国の興亡をかけて使われてきた言葉が、65年後お金をかける言葉として、シンガポールに蘇えったといったら少し言い過ぎでしょうか。  ブキテマ高地には行けませんでしたが、離陸後まもなく眼下に、シンガポール島中央部のひときわ緑豊かな高い丘が目に入ってきました。


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